surfingを始めた頃、FineでFletcherの記事を見た時、衝撃をうけた。それまでのサーファーはスポーツマンのイメージが強かったが、Fletcherは頭蓋骨のデザインのボード、髪の毛の色は紫。でっかいピアスにタトゥー。そしてsurfingはまるで波の上をSK8するように飛んでいた。Christian Fletcher 1970年HAWAII産まれ。san clemente在住。Astro Deck社長、レジェンドのHerbieを父に持つ。80年代後半から90年代初めにかけて、aerial revolutionをおこした。サーフィン雑誌で表紙を飾る。コンテストではBodyGlove Surfboutでaerialをひっさげ優勝。
『俺はただ、未来に向けてsurfingを進化させるために、ベストを尽くしただけだ』 しかし保守的なsurfer達は彼を非難した。特に敵対したsurferはJeff Booth、Ian Cairns、Mike Parsonsなどだ。彼らに向けて放ったメッセージはこうだった『surferはゆっくり苦しみながら死ねばいい』。退屈なsurfingに対しての反逆の代償はあまりにも大きかった。そしてこの日を境にあらゆる面で加速して、止めることはできなかった。コンテスト会場にジェットスキーで乗り入れ、SK8にデスメタルにドラッグ…。Fletcherが認められたのは、surfing業界ではなく、それ以外のメディアであり、ベルサーチなどのモデルなどもしていた。そして折れる事をしなかったFletcherは、ハードドラッグで全てを失っていき、カウチでの生活を送った。人の家を渡り棲み、肩こりと共に起きたFletcherは、壁に貼ってあった大きな波のポスターを目にした。
『もう十分にやってたから、ただやめようって決めただけだよ。もうドラッグに飽きちゃったんだ。俺はただ、もっと良い人間になりたかったし、同じ場所にずっといる代わりに自分の人生の先に進んで行きたかったのさ。ドラッグやってるとどこにも行かなくなるからね。自分のためにましなことをしたかっただけさ。どこにも行き場がなく、人の家のカウチにいるのはいやなんだ。おれは人生を楽しみたいし、楽しむ為には働いたりするしか方法はないだろう。だからそれを実践するために、かなりしらふになってみたんだ。』
その後、海に戻った様子をAstro Deckのvideoで目にできる。ドラッグの影響で肉がつき腹が出ていたFletcherは波のフェイスを加速して、駆け抜け大きなエアーをメイクした。皮肉な事にその頃にはエアーだけのコンテストも頻繁に行われるよになっていた。そのコンテストでFletcherは何人ものエアリストを敗り優勝して完全復活をはたした。Christianの特徴的な目はこう語っている様に見える。『俺は良くても悪くても楽しもうとしてるんだ』
Date Posted 8/20/2008
weird writing by GHOST WRITER